2009年04月

2009年04月30日

 29日(祝・昭和の日)は第41回「せんりこどもカーニバル」が開催されました。このイベントは「千里ニュータウンにお祭りを!」と地元の強い要望と毎日新聞社の全面的協力を得て始まり、今年で41回目を迎えました。
 私はこのイベントに12年前にスタッフの一人として参加し、6年前からは来賓として参加しています。子どもたちの喜ぶイベントがたくさん用意され、毎年大変な人出で混雑していました。
 今年は、オープンセレモニーの行われる特設会場広場も人出が少なくどこかさみしい。その後も会場を一回りしましたが全体的に同じ様子でした。(午前中) 
この原因として、少子化、不況、1000円高速道で遠出、イベントのマンネリ化、新型インフルの影響で混雑地を避けるなど、様々予想されますが分析が必要だと思います。

 いずれにしても子ども達が主役となり、「ワクワク・ドキドキ」するイベントやいつまでも思い出に残る楽しい催しが行われるよう再検討が必要だと実感しました。

 午後からはニュータウン以外のポスティングできなかった
「市政だより」を郵送するための作業が夜まで続きました。
ニュータウン以外では駅立ちや街宣活動が少ないため、全市的な市民の反響調査ができないため、この「市政だより」郵送は重要な役割を果たしています。

ぜひ意見や要望をお聞かせいただきたいと思います。

 


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2009年04月26日

 24日(金)午前中は事務所で未処理の事務仕事を済ませ、午後からは市の担当者より人権問題の現状や対応事例について報告を受けました。
 この種の問題は西淀川の女児虐待死事件に見られるように、対応方法やタイミングを誤ると不幸な結果を招いてしまいます。親を選べぬ子どもにとって、もっと地域や大人たちが何か手を打てなかったのか後悔されます。
 また、相談経験から問題を抱え込み一人で悩むことのないよう安心して相談できるシステムがしっかりと機能するよう取り組まなければなりません。

 夕方は陽のある時間に帰宅できたので、パトロールに歩きました。4時半ころから約1時間半、隣町まで2つの小学校区を「安全パトロール」のタスキをかけて歩きます。
このパトロールは6年くらい前から時間があれば実施していますが、「まちを知ること」、「人を知ること」、「問題点を知ること」そして自身の運動不足解消にもってこいです。
特に10年前から地域で呼びかけている「挨拶・声掛け運動」を実践しながら歩いていると、いろんな知り合いができ、いたるところで立ち話が始まり、子供たちからは「あっ!いつものおっちゃんや」と元気な声が返ってきます。
 こうしたやりとりや現場体験から問題の発見や解決方法も見えてくるものです。今後とも時間があれば、出来るだけ現場での実践体験を続けていきたいと考えています。


 25日(土)は地元自治会の運営委員会がありました。新しい年度になって最初の会議で、新年度の活動方針等についての会議です。UR都市機構新千里東町団地(1522戸)は都市機構自身の民営化問題や建て替え議論もあり、正念場を迎えています。
議員として自治会役員として地区計画やまちづくりに真価が発揮されるところです。


 26日(日)は朝から大忙し、午前中は地域のアドプトロード(地域美化清掃)、議員になる前の連協会長時代に大阪府や豊中市と話し合い自らが発起人となり地域に呼びかけ毎月第4日曜に実施しています。自らが住む地域は自分たちで美しくしようという取り組みで多くの方に参加いただいています。最近の悩みは高齢化が進んでいるせいか少しづつ年配の方が減っていることです。
若い人たちにも呼び掛け、人数を増やすことが課題です。

 午後は公民分館の運営会議があり、出身自治会の代表として出席しました。今年度の役員や活動計画を決定し、分館活動がスタートします。
公民館活動は市民の社会教育を支援するもので、豊中が教育文化都市を自認する代表的な活動です。41全小学校区に公民分館を置き活発に活動しています。私の住む東丘小校区の分館はこれまでにも活発な活動を続けており、前分館長とスタッフが取り組んだ10年で市内でも不動の地位を確立し全市的にも高い評価を受けています。
 こうした評価を頂けるのも地域全体の取り組みや協力体制が確立しているためで、まさに地域力そのものだと感謝するものです。新分館長やスタッフの方々にもさらなる活躍を期待したいと思います。

 その後地域の高齢者の方から相談を受け自宅を訪問しました。内容については複雑多岐にわたりFP(ファイナンシャルプランナー)や民生委員の経験が生かせるものでした。安心いただけるようしっかりと取り組みたいと考えています。


fukuokamasaki at 20:36コメント(0)トラックバック(0) 

2009年04月23日

 元タレントの清水由貴子さんが「静岡県内の霊園で自殺」の報道がありました。子どものころ父親を亡くし、以後母子家庭で育ったとのこと。77歳になる母親は最も介護が必要な「要介護5」と判定され、今年になってからは、寝たきりの生活だったようです。

 自殺場所が父親の墓前だったこと、母親を道連れにできず自分だけが逝ってしまったこと、「お母さんの車いすを押して、楽しそうに話しかけながら買い物に行く姿をよく見た。にこやかで、一生懸命介護をしながらも、その大変さを感じさせない人だったのに…」という近所の人の声にもあるように明るい雰囲気をもった優しそうな女性だったという印象が私生活でもその通りだったようです。

 さて、介護の話になるととても他人事とは思えない。私の母は明治44年2月生まれの98歳、母自身は6歳の時に父親と死別し、以後母子家庭で育った。私も中学1年生のとき父親を海難事故で亡くし、同じ境遇で育ちました。
その母親もありがたいことに今は元気だが、いずれ介護の問題が現実のものとなります。
 また、長年自治会役員や民生委員を経験すると、実に多くの相談ごとや介護の現実問題に遭遇します。これまでこの種の問題については、個人の特定につながったりするため発言や書き込みについては極力避けてきましたが、さまざまな対応を迫られたり、負担があったのも事実です。
 しかし、私自身が母子家庭であった子供時代に受けた励ましや物理的支援のおかげで育てていただいたことを考えると、むしろささやかなお返しができると感謝するものです。まして現在は議員として公的立場にいる身、多くの方がボランティアで献身的に取り組んでいることを思えば何の気兼ねもなく遠慮なくお使いいただければと思います。

 介護の問題は国民的課題、この問題で悩む多くの方々やわが娘たちへの過大な負担を軽減するためにも、一地方議員として、父親としてしっかり取り組みたいものです。

 亡くなられた清水由貴子さんの心情を察するとともに、心よりご冥福をお祈りします。
 
 

 



fukuokamasaki at 08:29コメント(0)トラックバック(0)いろいろなお話(by福岡正輝) 

2009年04月19日

 17日は市民から市の広報手法と救急体制についての問題点について指摘を受け対応、広報手法の不適切さは担当課も認め至急改善したいとのことでした。また、救急体制の不手際については調査が必要な内容のため2〜3日時間をほしいということでした。(詳細な状況は個人の特定につながる可能性があり表記しません)

 市民からの指摘の多くは業務の改善等につながるので大変ありがたいと思います。ご迷惑をおかけした点については心よりお詫び申し上げます。


 18日は土曜日でしたが、たまっている事務仕事を処理するため登庁し夕方までかかりました。その後FP関係の依頼案件処理のため支援者宅を訪問しました。

夜は新千里東町自治会連絡協議会定例会に出席しました。
今年度最初の定例会のため新役員の選出があり、新しい役員が全員決まりました。
この町の自治会連絡協議会(以後連協と言います)は10年前に私が会長になった時から他の団体の協力を得て改革に取りかかりました。
改革項目の主なものは、

ヽ銅治会から選ばれる連協への評議員が1年ごとに交代
 する自治会が多いため2名制にし、年度変わりには原則1
 名は残り1名を補充する方法を定着させました。これにより
 年度初めにまったくの地域活動経験がない人ばかりという
 ことがなくなりました。(12自治会×2名の24名体制)

地域主権の「まちづくり」は自治会単独では出来ず多くの
 団体との協力体制が不可欠のため連協の顧問として、
 公民分館長、校区福祉会長、防犯支部長の3名を指名し
 定例会に出席してもらい必要に応じて発言してもらう。
 (現在は新聞委員会編集長と地域代表の私が参加し5名)

C楼菴景后屬劼しおか」の発行を提案し実現。隔月ごとに
 6回と地域役員・委員確定号1回の7回を1年間に発行。
 尚、「ひがしおか」の発行については8年前の連協会長時
 代にそれまで各団体が年度初めと年度終わり2回に年間
 それぞれ約30万円をかけて発行していたものを統一し地
 域のことが何でもわかる新聞として統合し実現しました。
 新聞の編集者は各団体の関係者や特に指名された有志
 の方々で成り立っています。
 
 これらの改革の成果として、各団体の役員たちが日常的
 に顔を合わせ、言葉を交わし、町の現在や未来について
 意見やアイデアを交換することができるようになったこと。
 また、各団体間の縦割り意識が解消され、迷った時は町
 全体の利益につながるかどうかが判断材料として機能す
 るようになり、お互いの信頼関係が強固になったことが最
 大の効果として挙げられます。

 今後の地方分権から地域主権の「まちづくり」のモデルを
目指したとりくみが確実に進んでいることに感謝するとともに、今回の役員改選で前会長の口から東町連協の「まちづくり」の基本コンセプトは政党や宗教の影響は受けない、利益団体とは一線を画すという言葉に見られるように、特に私が10年前に「まちづくり」の基本について何度も述べたようなことを言わずとも、多くの方が理解してくれていることに改めて感謝するものです。

私たちの「まちづくり」の原点が地域の総合力の欠如が、
「まち」を不幸にするという他地域で見られることを反面教師としてきただけに、これまで努力し協力いただいた方々を誇りに思います。


 19日(日)は、「街角広場」と地域との共催による「たけのこ祭り」を実施しました。

DSCN2414この行事の始まりは、10年前地域にある地区公園「東町公園」の竹林整備が行き届かず荒れていくのと市職員が休日出勤してタケノコを採り、豊中市・箕面市養護老人ホームに届けていることを知ったのが発端です。
 何とかボランティア団体が公園整備とタケノコ採りを実施し、行政コストの縮減と雑木林や竹林の秩序ある整備ができないかと呼びかけたところ、地元の有志をはじめ新千里北町のT氏をはじめ多くの方が協力していただいたのが きっかけです。

 その後T氏を会長に「千里竹の会」が発足し、現在では約
 120名の会員がさまざまな活動をしています。
 崚貭公園」と吹田市の「桃山公園」の二か所の公園整
 備。
竹炭や竹酢液の製造と販売。
C歙宿覆簔盜作の教室   など

こうした活動が豊中市や吹田市をはじめ多くの方々の高い評価につながり、市民と行政の協働システムのモデルとなりました。


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ところで本日の「タケノコ祭り」には460名が参加し、1/3位は小学生以下の子どもが親子連れで参加してくれました。竹林で小さなスコップを持って奮闘している様子はとても微笑ましく、楽しい体験をしてくれたのではと思います。
約1時間の作業の後、収穫したタケノコを近隣センターに集めパーティーの開始です。
炭火で直接焼きいろんな食べ方をしました。
 また、ブタ汁つきで帰りには、それぞれの参加者におみやげとしてタケノコを持って帰っていただきました。

 今回の「タケノコ祭り」では、おにぎり、ビール、ジュース、弁当など近隣センターの各商店の売り上げにも貢献し、地域活性化のお役にも立てたのではと思います。




 


fukuokamasaki at 22:07コメント(0)トラックバック(0)いろいろなお話(by福岡正輝) 

2009年04月15日

 4月14日午前は、地元老人会の依頼を受けて千里にある商業組合にお願いに行きました。会員約120名が会員証の提示をし、加盟商店で買い物をした場合に割引を実施するというアイデアです。
この組合では定額給付金の給付時期に合わせ給付金額にプレミアをつけた金券の発行を検討しており、ダブルでの特典となり老人会の方々にも喜んでいただけるのではないかと思います。

 リーマンショック以降の急激な景気の落ち込みで、100年に1度という危機的状況は、ことの是非はともかく様々なアイデアが出てくるものです。少しでも早く元の状態に戻り人々が安心して生活できるようになってほしいと思います。

 午後は役所での事務仕事をかたずけるとともに、大林素子杯バレーボール大会実施について教育委員会との打ち合わせやスポーツ施設の有効的活用、その他で夕方まで休みなしの一日でした。

 15日は早朝からモノレール少路駅で街宣活動、その後役所へ直行しました。
午後は、議会報編集委員会会議終了後、ニュータウンのマンション建て替えに関する近隣住民の市への要望に同席しました。ここでも社会経済状況の激変が影響を与えており、何とかうまく調整できればと頭を悩ませています。

 夜になってやっと自由時間がとれ、地域でのバドミントンの練習に参加できました。目一杯体を動かし汗をかくとストレスも解消され、このブログを書きながらも、ついウトウト、心地よい疲労感におそわれています。


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