2012年07月

2012年07月24日

 今年度は大忙しの年となっています。長年の活動により引き続き取り組んでいる地域役員、会派幹事長と議会運営委員長という役職による責任の重大性がフル回転に拍車をかけています。

 20日は会派団会議と市の幹部たちとの懇談会を行いました。団会議の議題は月末までに議会改革検討委員会に提出する改革案の取りまとめ、懇談会については有意義な話し合いができたと考えています。

22日は第4日曜ということで、アドプトロード(地域美化清掃)に参加ののち、小学校の芝生管理のお手伝い、暑さのせいもあって予定していた地域の危険個所パトロールへの参加を忘れてしまう始末、反省です。

23日は幹事長会議と議会運営委員会が行われ、午後は施設を開設するための用地さがしに奔走しました。夜はUR自治会役員として千里ライフサイエンスビルで行われた「関西自治協千里ブロック加盟自治会」とUR千里住宅管理センターによる定例懇談会に参加しました。

24日の午前中は、一人暮らしの自治会員の方をグループホームの見学会に身内の方と一緒にご案内しました。痴呆が進むにつれて不安が増幅するのはどなたも同じで、こうした相談や案内はますます増えていくと思われます。


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2012年07月18日

 5日は空港問題調査特別委員会が開催され出席しました。関空と伊丹の経営統合がなされ、この委員会の活動も大きな過渡期を迎えています。これまでの騒音対策や安全確保への取組みは当然のこととして、基幹空港の重要性を加味し、よりポジティブな活動への転換が求められます。プロペラ枠余剰分の低騒音ジェットへの転換や沖縄、北海道への復便、国際チャーター便や近距離国際定期便の就航に取り組むべきと考えています。また、両空港の経営統合により新たな形で顕在化してきた空港周辺移転跡地等の有効活用も喫緊の課題です。

 6日は幹事長会の後、老人クラブ大会へ来賓として出席しました。7日の夜は、地域のバドミントンクラブの親睦で千里阪急ホテルビアホールでの飲み会に参加。9日は地元校区福祉委員会の会議に出席しました。

 10日、11日は建設水道常任委員会として千葉県市川市と板橋区役所、東京都下水道局への行政視察を実施しました。市川市の自転車安全利用に関する条例は、今後の豊中市でも何らかの形で十分生かせるものでした。板橋区三丁目地区防災街区整備事業については、念頭に置いている豊中市南部地区と当該地との様々な点での乖離や都市機能のポテンシャルの違いがネックとなりそうですが、いくつかは参考にできそうでした。翌日の東京都下水道局の汚泥処理やアーバンヒート問題についても同じことが言えますが、考え方や基本的な問題等については共有できるものもあり、今後どう生かせるか研究が必要です。

 12日は7月30日に開催される7月臨時会についての説明、14日は休み明けの広島出張に同行、来阪した娘夫婦らと久しぶりにゴルフをしましたが、成績は別にしてたのしいひと時を過ごせました。それにしても孫の子守をおしつけた連れ合いには申し訳ない思いでお詫びと償いの機会が必要です。

 15日は地域自治理事会に出席しました。市内41小学校校区で最初に出来た地域自治組織であり、明確な成功体験に結び付けるための提案や具体的提言を行いました。また、計画停電についての他の理事の意見を補足する形で発言し、社会的弱者を守る具体的な手法や役所の果たすべき役割について説明しました。


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2012年07月04日

 先日の日曜日、豊中市北緑丘にある自衛隊豊中分屯地跡地の地区計画について地元説明会がありました。この地については既に閉鎖され、今後売却が予定されています。市は跡地の売却について周辺地域への環境上の一定の配慮を行うため、地権者(国)との合意形成のもとに土地利用のルールを定める地区計画の適用について協議を進めてきました。

 当日の日曜日は昼夜二度の説明会が行われましたが、悪天候にも関わらず昼の説明会は満席で関心の高さがうかがわれました。市側の説明の後、質疑応答の時間がとられましたが、どんなものがどれくらいの高さで建つのか、周囲に与える環境等の影響はどのようになるのかなど活発で多様な質問がされました。

 この地は都市計画上、第一種中高層住居専用地域と一部は第一種住居地域となっており、マンションや戸建て住宅などのほかに病院、大学、また、一定面積までの店舗や事務所なども建築可能です。今後は手続きにのっとり、地区計画の決定が行われることになっています。

 ところで現在、国立循環器病センターの建て替え問題で箕面市(船場)、茨木市(彩都)、吹田市(操車場跡地)が三つ巴の誘致合戦を展開していますが決定には至っていません。

 そこでこの跡地、広さや物理的な状況から国循移転候補地としては十分可能性があると考えられることから名乗りを上げるべきだと考えています。
特に豊中市は、救命力世界一宣言都市として高度医療地域の中核でもあり豊中ブランドを高める絶好の機会でもあります。

 今後、多方面への働き掛けや研究・検討を重ね、その可能性に取組んでみたいと考えています。



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2012年07月01日

 6月29日、第1回 豊中市 民生委員・児童委員大会が行われました。
この大会はもともと、府内民生委員・児童委員の立場とその活動指針を明確にするとともに、功績顕著な者に対する顕彰をあわせて行い、民生委員・児童委員の活動強化の推進を図ることを目的として大阪府が実施しています。

 しかし、本年4月1日より豊中市は中核市に移行したため、豊中市分については本市が行うことになりました。式典の中で永年勤続表彰が行われ10年から25年まで5年刻みの表彰が行われました。私は多くの来賓とともに出席しましたが、市議会議員ただ1人の民生・児童委員経験者として元校区同僚や友人の表彰に心より賛辞を送るものです。

 民生・児童委員としては短期間ではありましたが、経験者のみが知る苦労や責任の重さを思うとき、その向こうにある笑顔や安心を支える「信頼の絆」が活動を支える源だと言うことが再確認され、改めて感謝するものです。今後も発言しにくい社会的弱者のため、健康に留意し活動いただけますようお願いいたします。

 私自身も本年度は、数年ぶりに「民生委員推薦委員」としての役割を頂いていますので側面支援出来ればと考えています。


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